ミミシェル Objective-C主任専門官Objective-Cが作られた理由は、ブラッド・コックスとトム・ラブという2人の開発者が、Smalltalkのオブジェクト指向の仕組みをC言語に導入してみたいと考えたからです。
はじめに
Swiftの登場以降、Objective-Cは「古い言語」として語られることが増えました。しかし、iOSやmacOSの礎を築いたこの言語の誕生背景には、現代のプログラミングにも通じる深い思想が詰まっています。本記事では、Objective-Cがなぜ生まれたのか、その歴史的背景と技術的意義を徹底解説します。
Objective-C誕生の原点:CとSmalltalkの融合
1-1. 1980年代初頭、C言語の限界とオブジェクト指向の台頭
1970年代に登場したC言語は、構造化プログラミングの代表格として広く普及しました。メモリ操作やハードウェア制御に強く、UNIXの開発を支えたことで「効率的で汎用性の高い言語」として評価されました。
しかし、ソフトウェアの規模が拡大するにつれ、コードの再利用性や保守性の低さが問題となります。関数や構造体だけでは複雑なシステムを整理するのが難しく、バグ修正や機能追加のたびに膨大な修正が必要になる状況が生まれました。こうした課題を解決する新しいアプローチとして、1980年代に注目されたのがオブジェクト指向プログラミングです。
オブジェクト指向は「データと処理をひとまとめにしたオブジェクトを単位として設計する」考え方で、再利用性・拡張性・保守性を飛躍的に高めることが期待されました。



C言語のやり方では複雑なシステムを整理しきれないという課題がありました。
そこで、ある二人の開発者が「Smalltalkのオブジェクト指向の仕組みをC言語に導入してみよう」と考えるようになりました。
1-2. Smalltalkの影響:メッセージパッシングという発想
オブジェクト指向の思想を最も純粋に体現した言語がSmalltalkです。Smalltalkでは「すべてがオブジェクト」であり、処理はオブジェクト同士がメッセージを送受信することで進みます。
例えば「犬が吠える」という動作は、dogオブジェクトに「吠えろ」というメッセージを送ることで実現されます。これは関数呼び出しとは異なり、オブジェクトが自律的に振る舞う設計を可能にしました。
この柔軟性と表現力に魅了されたのが、Objective-Cの生みの親であるブラッド・コックスとトム・ラブです。彼らは「Smalltalkの持つオブジェクト指向の力を、C言語の世界に持ち込みたい」と考えました。
1-3. 「Cの性能 × Smalltalkの柔軟性」=Objective-C
コックスとラブは、C言語の高速性・低レベル制御能力と、Smalltalkのオブジェクト指向の柔軟性を融合させることを目指しました。
1983年に誕生したObjective-Cは、Cの上位互換として設計され、既存のCコードをそのまま利用できる一方で、クラスやメッセージ送信といったオブジェクト指向機能を追加しました。
具体的には以下のような特徴があります:
- Cコードとの共存:既存の資産を捨てずにオブジェクト指向を導入可能
- 動的ディスパッチ:メソッド呼び出しを実行時に解決する柔軟性
- メッセージ構文:[object message]というSmalltalk風の記法で直感的にオブジェクト操作が可能
これにより、開発者はCの効率性を維持しつつ、より大規模で保守性の高いソフトウェアを構築できるようになったのです。



要するに、C言語とSmalltalkが「手を取り合う」ことで、効率性と柔軟性を両立し、大規模で保守性の高いソフトウェア開発が実現しました。
なぜ注目されなかったのか?そして、なぜ再評価されたのか?
2-1. 誕生当初はマイナーな存在
Objective-Cは当初、Stepstone社によって開発・販売されましたが、当時はC++の台頭もあり、広く普及するには至りませんでした。
2-2. スティーブ・ジョブズとNeXTが運命を変える
1985年、Appleを離れたスティーブ・ジョブズが設立したNeXT社が、Objective-Cを採用。NeXTSTEPというOSに組み込まれ、教育機関や研究機関で注目を集めました。
2-3. AppleによるNeXT買収とMac OS Xへの統合
1997年、AppleがNeXTを買収。NeXTSTEPの技術はMac OS Xへと受け継がれ、Objective-CはApple公式の開発言語として脚光を浴びることになります。



当時はC++が「C言語の拡張版」として人気を集めており、Objective-Cはほとんど注目されませんでした。
しかし、AppleがObjective-Cを公式に採用したことで状況は一変し、世界的に注目される言語となったのです。
Objective-Cの技術的特徴と意義
Objective-Cは、C言語の上位互換として設計されているため、既存のCコードをそのまま活用できる互換性を持っています。これにより、過去の資産を捨てることなくオブジェクト指向を導入でき、移行コストを最小限に抑えることが可能でした。
さらに、Objective-Cの大きな特徴のひとつが動的ディスパッチです。これは、メソッド呼び出しをコンパイル時ではなく実行時に解決する仕組みであり、柔軟な拡張や動的な振る舞いを可能にしました。例えば、実行中に異なるメソッドを差し替えたり、未知のクラスにメッセージを送ったりすることができ、プログラムの適応力を高めています。



動的ディスパッチをわかりやすくたとえるなら、「声を出せ!」と命令を送る感じです。
また、Objective-CはメッセージパッシングというSmalltalk由来の概念を採用しています。オブジェクト同士が「メッセージ」を送り合うことで処理を進める設計は、単なる関数呼び出し以上の柔軟性を提供し、オブジェクト指向の本質を直感的に表現しました。



メッセージパッシングとは、オブジェクトに対して『声を出せ!』という命令を送るような仕組みです。
加えて、Objective-Cは強力なランタイム環境を備えています。ランタイムは実行時にクラスやメソッドを操作できる仕組みで、プログラムの挙動を動的に変更することが可能です。これにより、リフレクションやメタプログラミング的な手法が実現され、フレームワークやライブラリの設計に大きな自由度を与えました。



要するに、Objective-Cは「動いている途中にプログラムをいじれる仕組み」を持っていて、それがフレームワークやライブラリ設計の自由度につながったのです。
ただし、実行中に挙動を変更できるということは、予期せぬバグを引き起こす可能性もあるため、慎重に扱う必要があります。
これらの特徴は、後に登場するJavaやSwiftといった言語にも影響を与えています。Javaはクラスベースのオブジェクト指向を標準化し、Swiftは安全性とモダンな構文を取り入れましたが、その根底にはObjective-Cが築いた「Cの効率性とオブジェクト指向の融合」という思想が息づいているのです。
Swift登場とObjective-Cの現在
2014年、Appleは新言語Swiftを発表。安全性・高速性・モダンな構文を武器に、Objective-Cの後継として急速に普及しました。しかし、Objective-Cは今なお多くの既存アプリやライブラリで使われており、レガシー資産の保守や移行において重要な役割を担っています。



Objective-Cはまだまだ現役です。
おわりに:Objective-Cが残したもの
Objective-Cは、単なる古い言語ではありません。CとSmalltalkの融合という思想は、現代の言語設計にも通じる普遍的な価値を持っています。プログラミング言語の進化を理解するうえで、Objective-Cの誕生と歩みを知ることは、今なお意味のあることなのです。



まとめると、Objective-Cはコックスとラブの「Cの効率性とSmalltalkの柔軟性を融合させたい」という試みから生まれました。当初はマイナーな存在でしたが、Appleが公式言語として採用したことで大きな役割を担うようになり、その思想は今も現代の言語設計に息づいています。



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